イード=ル=フィトル

ムスリム(イスラーム教徒)は、ラマダーンと呼(よ)ばれる一ヶ月間、世界のさまざまな場所で断食(だんじき)の行(ぎょう)を行います。
この月ムスリムはみな、一日のうちの朝と昼の間(注1)、飲食を断(た)ち、その間、世界の貧(まず)しい人々や弱い人々と同じような状態(じょうたい)の中で過(す)ごします。

(注1 実際〈じっさい〉の断食の時間は、夜明け前の礼拝〈れいはい〉の時間から、日没〈にちぼつ〉直後のお祈〈いの〉りの時間までです。)

それによってムスリムたちは、そのような人々の痛(いた)みを体感して、苦しみを思いやり、かれらに最良の食べ物や飲み物を差し出すのです。
そして、この月が終わると、ムスリムたちはみな集まってお祝いをします。みなでいっしょに食べたり飲んだりし、新調の服を身につけ、歌い喜び、お金持ちも貧しい人もみな同じように祝い合います。

イード(注:アラビア語で「祭り」の意味)の何週間も前から、さまざまな準備(じゅんび)が始まります。人々は市場へ行き、服や靴(くつ)、そしてお菓子やナッツ、ドライフルーツなどを買います。また、ラマダーン後の心新たな気持ちや幸せなムードをより高めるために、家具を買いかえたりすることもよくあります。

イードにはみな新しい服を着るので、ラマダーンの最後の夜は、お店はどこでも、服や靴やカバン、また、香水や時計やアクセサリーなどのプレゼントを買う客で混雑(こんざつ)します。イードがやって来たら、みな一張羅(いっちょうら)を着て人前に出ようと思うからです。

イードの朝にはみな早起きし、家族で朝食を囲み、それからみんなでイード礼拝(れいはい)へ向かいます。イード礼拝は、イードの時にしか行われない特別な礼拝です。
礼拝はよく、何千人もの人々(男の人たちや女の人たちや子どもたち)が集まれる大きな広場で取りおこなわれます。集まった人々はみな一様に新調の服を身につけ、幸せと喜びに包まれて、口々にこうくり返します:

「アッラーフ・アクバル       (アッラーは至大〈しだい〉なり)
アッラーフ・アクバル
アッラーフ・アクバル
ラー・イラーハ・イッラーッラー  (アッラーのほかに神はない)
ワ・リッラーヒ=ル=ハムド     (栄光はアッラーのもの)」

2005年11月3日BBCニュースより

礼拝が終わると、人々はみな家へ帰ってお祝いをはじめます。家族はみなプレゼントを交かんし合い、子どもたちはイーディーヤ(注:日本のお年玉のようなもの)をもらいます。イーディーヤとして子どもたちに配られるのは、ごく小額(しょうがく)の新札紙幣(しへい)で、子どもたちはたがいに、大人たちからもらい集めたイーディーヤを自慢(じまん)しあいます。
そして大家族においては、イードに子どもたちはちょっとした小さな財産(ざいさん)を手にするのです。イード休暇(きゅうか)が終わるまでに、たいがい使いきってしまうのですが……。

正午ごろになると、人々は訪問(ほうもん)の行事を始め、それはイード休暇の間中続きます。訪問は親しい順に行われ、尊敬(そんけい)と感謝(かんしゃ)の気持ちから、人々はみな、まず始めに祖(そ)父母のもとを訪(おとず)れます。祖父母の家には家族全員が集まり、子どもも大人もみなお祝いをします。
その次の数日間には、叔父(おじ)さんや叔母(おば)さんたちの家を、それから友人や近所の人たちを訪問します。
どこの家でも、おいしいお菓子やナッツやドライフルーツに加えて、コーヒーやジュースがふるまわれ、子どもはどこでもイーディーヤをもらいます。こうしてイード休暇が終わるころには、人々はみなたがいに訪問し終わります。
このように、イードはムスリムにとって、家族や親せきや友人が毎年たがいの絆(きずな)を強め、人々の間に愛情(あいじょう)と友情(ゆうじょう)を広めることができる、社会的ですばらしい機会なのです。

イードの訪問行事で、人々は公園や博物館や動物園にもよく出かけます。また、リゾート地の中では、多くの人たちが海へ出かけます。
そして夜空は花火でいろどられ、フェスティバルやゲーム大会、伝統(でんとう)的な結婚(けっこん)式などがたくさんとり行われ、どこでも民族的な楽曲のバンド演奏(えんそう)が流れ、詩の読唱の夕べなどが開催(かいさい)されます。