礼拝

アッラーフ・アクバル アッラーフ・アクバル・・・

モスクの尖塔から聞こえてくるアザーンの声。サウジ滞在中、毎日いたるところで耳にしたものです。イスラームの教えに従い、ムスリムは可能な限り、日に5回礼拝します。夜明け前、お昼、午後、日の入り、夜に行なわれることになっているため、毎日少しずつ時間がずれていきます。

その正確な時間を知らせ、同時に人々に礼拝することを呼びかけるのが、アザーンの役割です。この時間になると全ての商店や飲食店が閉められ、皆が礼拝に向かっていきます。一度、アザーンから20分ほど後のショッピング・モールに入る機会があったのですが、本当に閑散としており、潰れてしまったのかと思うほどひっそりと静まり返っていました。

一週間の中でも特に金曜日はモスクへ行き、集団で礼拝を行なうことが勧められています。アラビア語で金曜を意味する「ジュムア」という言葉も、「集まる」という語から派生しているとのこと。そのためサウジでは金曜日が休日となっています。

1日に5回もの礼拝、そう聞くと「大変だなあ」と感じる人も多いと思います。何故そんなに何度も礼拝を行なうのか、不思議に思う方もいるでしょう。僕自身そういった疑問を持っていたのですが、今回のサウジ滞在で、その理由の一端を垣間見ることができました。

サウジ学生も日本人学生もサッカーが大好き。ある時はグラウンドで、またあるときはテレビゲームで、私達はサウジ対日本の親善マッチを行ないました。「親善」とは親しんで仲良くすること、もちろん楽しもうとしてサッカーするのですが、やはりそこは「マッチ」。興奮のあまり騒ぎすぎたり、怒って乱暴なプレーをしてしまったりすることが何度かありました。とある日のフットサルでも皆エキサイトし、まさに一触即発。双方がムキになり始めた頃、前半終了の笛がなりました。

「よしみんな、礼拝の時間だ」

サウジの学生達は体育館を出て、礼拝に向かいました。

約15分後、またサッカーを再開しました。そこで気が付いたのは、礼拝の時間を挟んだおかげで誰もが皆、落ち着きを取り戻しているということです。その後しばらくは冷静なプレーが続いたように思います。

テレビゲームをやっている時もそうでした。ある時ホテルで遊んでいると、窓の外からアザーンが聞こえてきました。するとブカーリ イサムが

「みんな、アザーンだよ」

と言ってテレビのボリュームを落としました。遊ぶのをちょっとやめよう、という合図でした。

「ゲームは1日2時間までにしなさい」

子供の頃、母親にこんなことを言われた記憶のある人は少なくないでしょう。アザーンによるゲームの中断で僕が連想したのはこの言葉でした。

泣き、笑い、怒り。人は毎日の生活で色々な感情を持ちます。また、仕事であれ遊びであれ、時を忘れて熱中してしまう人もいます。日に5回の礼拝では、お祈りの言葉と共に様々な動作があります。あらゆる感情をストップさせ、落ち着けると同時に、あらゆる動作を止めて、時間と行動に区切りをつける。礼拝の効果の一つにこのようなものがあるのだと感じました。