ひつじの丸焼き


羊肉がのせられたカブサ

サウジアラビアでパーティーが開かれるとき、欠かせないのがひつじの丸焼きです。そのボリュームといい、外見の迫力といい、私たちがサウジアラビアで食べたものの中でも、もっとも印象的な料理であります。私たちは、サウジアラビア滞在中、このすばらしい料理を三回もいただくことができました。

「ひつじの丸焼き」というとざっくばらんな料理に聞こえますが、アラビア語ではカブサといいます。まず大皿に炒めた御飯を目一杯盛り、焼いたひつじをまるごとのせるのです。一皿のカブサを作るためには、当然一頭のひつじが必要です。

サウジアラビアのその大皿を囲むように皆で車座になり、手掴みでむしゃむしゃと食べて行きます。豪快な料理を豪快に食べていると、話も弾むものです。まさにパーティーに打ってつけの料理でしょう。

私たちが招待された席は、みな屋外のテントに設けられた宴席でした。テントの中はじゅうたんが敷いてあります。そのなかに数個の大皿が並び、大皿ごとに数人の輪が出来て、ひつじを食べている風景を想像してみて下さい。異国情緒あふれる、という言葉がぴったり来るのではないでしょうか。

さて、味の方ですが、スーパーで買う切身の肉とは全くちがいます。なにせ自分の食べている部位がどのあたりなのかが一目瞭然なわけですから。体の隅々まで食べる、という発想は、日本人の鯨に対するものと同じです。

まずは皮の部分です。これは焼鳥の皮と同じ、からっと焼け上がって香ばしく、取っ付きやすい部分です。しばらくすると皮もなくなって、内部へと入って行きます。

誰もが避けるのが脂身の部分です。料理の隠し味で使うような一口サイズのものではなく、脂の塊の中に腕を入れて拳いっぱいに掴み取るわけですから、さすがにあぶらっこいものです。始めのうちはそれもまた一興ですが、尽きること無い脂身を見るうちに嫌になって来ます。

鮮やかな色のテント

そして肉の部分に移行します。肉は部位によって全く味がちがいます。筋の部分は硬く引き締まって濃厚な味ですし、脂身に近い部分はやわらかくふくよかな味です。特においしいのは骨についた部分でしょうか。硬すぎず、やわらかすぎず、絶妙の食感が楽しめます。

さて、これで終わりかというと、そんなことはありません。ひつじの中にはまだまだかくされた珍味がのこっているのです。とはいえこのあたりから、日本人は二つのグループに分かれます。一方は、少々食傷気味になって野菜でも摘み始める人達、もう一方は、らんらんと目を輝かせながら味の探究を進める人達です。後者に属している私は、サウジアラビアのすばらしさがこの瞬間に濃縮されているような気分になります。

まずは脂と骨と肉の間から、各種内臓を取りだしてみます。生物学に造詣の無い私などは、どの部位か言い当てることも出来ません。ただ、形状からして肝臓のようなもの、腎臓のようなもの、などとかってに名付けながら食べ進めます。中には睾丸のようなものなどもあります。どれも肉や皮とは異なるぷりっとした歯応えや、口の中に広がる不思議な味がたまらないものです。

さて、つぎはいよいよ、まだ手の付けられていない部分にうつります。嫌いな人には「こっちをにらんでいる」などと言われて嫌悪されている頭部です。こちらはさすがに草食哺乳類、硬い頭蓋骨に阻まれて食べられる部位がけっして多くはありません。しかし、とりあえず唇の当たりの肉は適度な弾力性があり、なかなか捨てがたいあじわいを残しています。ここを食べて行くうちに歯が露出して来るため、嫌いな人は「こっちをみてわらってる」などと言い始めますが、もはや眼中にありません。お次ぎは鼻の当たりを食べてみましょう。四足歩行哺乳類の特徴として、鼻の肉は黒くザラザラしています。ここは見た目も良くありませんが、味もあまりお薦めできません。噛みおわったガムのような枯れた味がします。

ではいよいよ、眼球へと行きましょうか。ここに関しては、ほじくり出す以外に手段はありません。勇気を出して指を延ばしてみましょう。意外とすんなり取れるものです。柔らかい中にも筋の通った雰囲気のある眼球は、極上の甘海老のような歯ざわりをもっています。日本人には好まれる部位ではないでしょうか。

そして最後は、もはや肉が食べつくされて容易に開け閉めできるようになった顎をおおきく開き、舌をむんずとつかみとってみましょう。おおきさは、ちょうど生きたナマコ程でしょうか、にぎった感触からも味の塊のような重厚感が伝わって来ます。最後を飾るに相応しい部分です。さて、ここは思い切って、一口で食べてしまいましょう。口いっぱいに頬張った舌を噛み切るときの歯応えは、他に類を見ない心地好さを与えてくれます。そしてその豊潤で濃厚なあじわいは、ああひつじを食べているなあ、生きているんだなあと、みちみちる生命を実感するに十分なものです。最後のひときれまで、じっくりとあじわいましょう。

日本ではあじわえないこの感覚がわすれられず、いまでもたまに夢に見ることがあります。食文化の違いは、新たな味の発見をもたらしてくれるものです。

世界の多様性が私たちに与えてくれる感動に心をふるわせながら、すばらしい旅をさせてくれたサウジの方々全てに感謝を表したいと思います