アブドルアジーズ王暗殺未遂事件

1935年3月、郡正三氏を団長とする日本人巡礼団4名(団長ほか鈴木剛氏、細川将氏、山本太郎氏)がマッカを巡礼した際、カアバ神殿においてアブドルアジーズ王の暗殺未遂事件を目撃した。鈴木剛氏が著書「メッカ巡礼記」(1943年発行)で事件当時のアブドルアジーズ王の言動を詳述しているのでその部分を同書から抜粋引用する。

1900年代初頭のマッカ聖モスク(『世界の神秘境アラビア縦断記』より)(P.136-1)

時は昭和10年3月15日、所は聖地アラビア・メッカの大本山、カアバ巡拝中の突発事件であった。この日は丁度私の第一回の巡礼で、今日のようにミナにおいてイブリス打ちを済ませ、「駈足のタワーフ」を行った日にあたるのである。

その日、午前十時、大祭り終了感謝報告のため、規定の如く私たちは再びメッカに来り、カアバに参殿したのであった。丁度その時、イブン・サウード王も侍臣数10名とともに、7周の勤行を行わせられていた。

王を始めその侍臣は、すべて私たちと同様の巡礼衣に身を潔め、幾人かの侍臣だけが護衛のため拳銃を腰に帯びていた。イブン・サウード王のタワーフ中、他の一般巡礼者は、王の巡礼を妨げないかぎりにおいてその周囲に坐し、静かに国王の巡拝終了を待っていたのである。

今日のマッカ聖モスク。1988年からの拡張工事が完成し100万人が一度に礼拝することができる。(P.136-2)

国王等は高らかにコーランを読誦しながら、すでに第4周を終了し、5周目の半ばに及んだとき、突如!群集の中より4人の暴漢が躍り出した。暴漢はおのおの手に匕首を翳して国王に迫った。あわやこの必殺の剣の下にイブン・サウード国王ついに果敢なしと見たとき、勇敢は常に最後に活路を見出すものである。

私たちの前に展開されたこの活劇は、暴漢3名の射殺と、1名の捕縛とによって簡単に解決された。まったく一瞬の出来事であった。

咄嗟に部下のはなった銃声を聞きながら、「殺すな!引っくくれ!」と言う国王の怒声を、私はいつまでも耳底に思い出すのである。

暴漢の始末がつくと同時に、再び以前の静寂な神殿に戻り、何事もなかった如く、国王はなお泰然として最後のタワーフを続けられたのであった。

ああ、六尺有余の偉丈夫、千軍万馬の国王は、その剛毅なること、事件突発時の態度と、事件直後の従容迫らず巡拝を継続せられた落ち着きとは、さすがに三軍を叱咤し、最も困難なる砂漠の統一を完遂し、一顧の憂もなくこれを把握せられている、その偉大さを思い、ただただ敬服のほかなかった。

転載:「アブドルアジーズ王の生涯」
日本サウディアラビア協会出版