日本人初のマッカ巡礼

記録上明らかにされている日本とサウディアラビアとの直接的な関係は日本人ムスリムによるマッカ巡礼から始まっている。1909年(明治42年)12月に山岡光太郎氏はタタール人のアブドッラシード・イブラーヒーム氏の案内で日本人として初めてマッカ巡礼を行った。帰国後、彼は「世界の神秘境アラビア縦断記」(1912年発行)「回々教と神秘的威力」(1921年)と題する著書を出版した。

アブドルアジーズ王(リヤードの太陽宮、1939年)(P.132-1)

また、1924年7月に田中逸平氏が中国人の馬氏と共にマッカ巡礼に参加し「白雲遊記」(1925年)という著書を出した。同氏は1933年3月にも元外交官の中尾秀男氏と巡礼を行った。

山岡光太郎氏が母校でマッカ巡礼の体験談を語っているのでその一部を紹介する。(1936年、母校東京外国語学校の校友会が発行した同校創立25周年記念集より抜粋)

世界の各邦土よりメッカに集まります所の、いわゆる黄色民族と黒色民族は、年々歳々に、20万から50万の民衆を算するのであります。私の目撃した員数は、正に20万内外と認めました。彼らは、唯々アラビアの天地をもってすこぶる神聖視しておるのみならず、特にメッカをもって神聖視しつつあるがために、彼らはアラビアに到着する前日、即ちヂッダ、ヤンボー、ベイルートの三港に上陸前において、いずれも髪を剃り、そうして従来着て参りましたところの衣服をことごとく脱ぎ捨てまして、回教一流の斎戒沐浴を試み、その上彼等は、上体と腰部に白い布を巻き着けまして、素裸になってこの天地に入るのであります。そうしてヂッダから東の方15里のメッカ府に向かって、あの落漠たる砂漠を横切って侵入致しますが、その途中彼らはいずれも回教特有の御詠歌を、アラビア語で一斉に絶叫しつつ入るのでありますが、その光景たるや、実際を目撃したる身ならでは到底、想像も及ばない壮烈を極めたものである。そしてこれらの巡礼教徒は、神聖メッカ府に参りますと、これまた到底私が諸君に申し上げるもご信用ならない程広大なる、恐らくは人類がこの世界に立てた建築物中稀に見る所の、大いなる礼拝殿があのメッカ府に建てられ、その中にこれら多数の民衆が一堂に会して、祈祷・礼拝を行なうことができるほど、それ程大なる回教の大礼拝殿があります。その拝殿の中央にあります所の立方体のカアバ神殿なるものは、即ち世界における人類が、最初に造ったところの建築物とされておるのであります。

山岡光太郎氏(P.134-2)

これらの大なる巡礼教徒は、そのカアバ神殿を中心にて、大なる建築物たる大礼拝殿一杯にはいりますが、もしもこれが、日本における御会式とか、あるいは何らかの祭礼に際会して、かくの如き大なる人数が出たら、必ず巡査か憲兵なくしては、その秩序を保つ事は出来ますまいが、不思議にも回教を信奉するこれらの民衆は、このアラビアの天地に上陸すると直ちに、彼らはいずれも恭敬の態度をもちまして、そうして知ると知らざるを問わず、黒色民族であると黄色民族であるとを問わず、いずれも恭敬己を持して「アッサラーム・アレイコム」という挨拶を取り交わして、何ら喧争を極めることなく、最も静粛に、彼ら特有の礼拝・祈祷を行いますが、とにかくこの光景たるや、実景を目撃した目ならでは、想像も及ばない所の最も訓練あり、そうして最も秩序ある所の祈祷・礼拝を行うのであります。

山岡氏の日本からのマッカ巡礼航路(1909年)(『世界の神秘境アラビア縦断記』より)(P.134-1)

これらの巡礼教徒は、さらに万国史の第一頁を飾る所の、アラハット山に向かい、巡礼勤行を試みるのであります。その巡礼たるや、またすこぶる壮烈を極めたもので、この大民衆はヂッダからメッカに向かって上陸した時と同じく、メッカからアラハット山に向かって、あるいはラクダに、あるいはロバに、あるいは徒歩に、数条の縦列を作って進むのであるが、この間アラビアの軍隊と、トルコの軍隊が、その巡礼といっしょに列を作りまして進みますが、私がまいりました時の如きは、これに埃及の軍隊も参加して巡礼行軍をしてまいります。のみならず、彼らは一里あるいは二里行進すると停止して一斉に天に向かって、「ラ、イラッハ、イッラローハ、マホメット、ラッスルロー、アッローハ、アクバル」(神は唯一の真神である。マホメットは神の伝導者である。ああ天の大神よ)と称え、あるいは一斉に砲を放ったり、あるいは自分の所持する小銃を打ちますので、身はまったく兵馬こうそう裡にあるような心持ちが致します。

実にかくのごとき壮烈な巡礼を行うのを見ても、いかにこのメッカの世界巡礼なるのもが、容易なものでないという事をご想像できましょうが、さらにこれら巡礼教徒はアラビアのメッカにまいりいまして、メッカから北の方三百マイルの所にありますアラビアの第二の都メヂナで向かって、いわゆる遠征巡礼を試みるのである。

転載:「アブドルアジーズ王の生涯」
日本サウディアラビア協会出版